九大熱研HOME活動報告書2000年度ロンドン班
ロンドン班

研修目的

 London School of Hygiene and Tropical Medicineを見学し熱帯でないイギリスにおける熱帯医学の意義を,熱帯地方との違いを考えながら学ぶ。また,熱帯医学だけでなく,福祉施設を訪問しイギリスの社会医学的側面にふれ,さらに世界中で話題になったイギリスの狂牛病の施設を見学しイギリスならではのテーマを学ぶ。

班員構成

 熱帯医学研究会 部員5名

研修日程

 8月8日  福岡空港発。
 8月9日  ヒースロー空港着
        Hospital for tropical disease 見学。
 8月15日 Fosse House,Vesta Lodge訪問。
 8月17日 London School of Hygiene and Tropical Medicine見学。
 8月18日 ロンドン→エジンバラ移動。
 8月21日 National CJD Surveillance Unit見学。
        エジンバラ→ロンドン移動。
 8月23日 ヒースロー空港発。
 8月24日 福岡空港着。


活動内容

 今回の研修ではメインはLSHTMでの熱帯医学を見学することであったが,せっかくイギリスまでいくからそれ以外にもイギリスらしいところを見ようと思い,Fosse House,Vesta Lodge,National CJD Surveillance Unitも見学した。また,研修とは少し違うが,イギリスの有名な疫学者,John Snowを記念したパブをウイルス学の森名誉教授に紹介していただいたのでそこにも行ってきた。これらの内容をそれぞれ報告する。


1. London School of Hygiene and Tropical Medicine

 LSHTMは研究主体のpostgraduate medical schoolでありMaster,PhD,Doctorのコースがある。このLSHTMの特徴は,医学者だけではなく,経済学者,社会学者,行動学者,昆虫学者などのさまざまな専門家がいて,一つの問題を考えるときにも包括的な研究をしているということと,世界中から生徒が集まること(今年は95カ国の生徒がいる),現地の研究機関と協力して行う国際的研究が多いこと(今年は約110カ国で研究を行っている)である。 LSHTMは研究自体の成果と教育で人材を育成することにより世界保健の向上に貢献しようという理念を持っている。そのMission Statementは, The mission of the London School of Hygiene and Tropical Medicine is to contribute to the improvement of the health worldwide through the pursuit of excellence in research, postgraduate teaching, advanced training and consultancy in international public health and tropical medicine. To achieve this mission the School will enhance its role as: ---Britain national school of public health, ---a leading institution in Europe for research and postgraduate education in public health and tropical medicine, and ---an international center for excellence in public health and medicine in developing countries. となっている。

 LSHTMは3つのdepartmentにわかれ,それがさらにunitにわかれている。これらのunitはそれぞれの観点から研究を行っている。 今回,LSHTMの全体像と施設の設備についてDr.Anna DennisonとDr.Barbra Judgeが説明してくれた。建物の中は講堂,図書館,研究室と普通の大学院のようであったが,建物の内外に熱帯医学を象徴する飾り物があり印象的だった。その中には,様々な人種の人達がいて,世界中から学生が集まるということを実感した。8月という時期は夏休みで,教官たちもこれを利用して海外の共同研究施設などにいっているため,個々の基礎研究については残念ながら聞くことができなかった。そのかわり,HTDで熱帯医学の臨床を見学させてもらったのでこれを紹介する。

・Hospital for Tropical Diseases

 Dr.グラントに案内してもらいHospital for Tropical Diseases を見学した。ここはロンドン大学附属病院であるUniversity College Hospitalとは別の病院組織でLSHTMのDepartment of Infectious and Tropical Diseases附属の病院である。この病院は外来がLSHTMの建物から歩いて5分ほどのところにある別の建物にあり,入院病棟はさらに別のところでUCHの建物の一つのフロアにあった。外来は患者が多かったので中まではみせてもらえなかったが,Travel Clinic,Parasitology Laboratory,入院病棟は見学させてもらうことができた。

・Travel Clinic

 外来の待合室のとなりにおしゃれな内装の,それこそ旅行代理店のような部屋があった。ここがTravel Clinicで,海外旅行をする人たちが出発前に相談することができるところである。専門の医師や教育を受けた看護婦が応対してくれ,一日約30人,年間約8000人の海外旅行者がここを利用する。特にマラリアの予防に関する相談が中心で,蚊帳や虫除けスプレーを用いた予防法から経口抗マラリア薬やワクチン接種のことまで包括的なアドバイスをしている。また,アドバイスだけではなく,実際に蚊帳や虫除けスプレーなのマラリア予防グッズの販売や経口抗マラリア薬の処方も行っていた。処方の仕方は,地域によってマラリアの種や薬剤の耐性が違うので,旅行の行き先によってどの薬剤がいいという基準があり(たとえばモザンビークに行くならMefloquine,ガンビアに行くのならChloroquineとProguanil)それによって薬剤を選択しあとは年齢,体重などで用量を決めていく。ただし,この基準はイギリスのものであり,万国共通ではないらしい。Travel Clinicの責任者であるDr.バランスによると相談にくる海外旅行者は,マラリアそのものよりも,薬剤の副作用について心配しているそうだ。"Are these vaccines safer than malaria?"という質問が多いという。このような質問に対しては,確かに吐き気や下痢などの副作用の可能性はあるが,マラリアにかかってしまう危険性と比較すると重要ではないと説明するそうだ。Dr.バランスは日本について,"No traveling medicine is done in Japan at the moment. I hope it starts."とおっしゃっていた。

・Parasitology Laboratory

 外来の上のフロアはラボになっていた。ここではジュリー先生が説明してくれた。ここで行われていることは主にHTDのroutine diagnosis,研究,そして後述するNEQASに標本を提供することである。

 Routine diagnosisではmicroscopyで血液や糞便などの検体から寄生虫を探し,serologyで寄生虫に対する抗体価を測定する。検体は下の階の外来からシュートボックスで送られてくるが,それに赤いラベルがはってあればEmergency caseで一時間以内に診断をしなければならない。これがくると大変だそうだ。Microscopy診断を行っているDr.モーディは我々にアフリカから来たマイクロフィラリアやスーダンから来たリーシュマニアの標本を見せてくれた。そして彼は,もし君たちが5年後にまた来たらmicrobiologyによる診断が主流になっていてmicroscopyはあまり行われなくなっているだろうといった。

 さて,さきほどNEQASというものがでてきたが,これは正式にはThe United Kingdom National External Quality Assessment Scheme For Parasitologyといい,イギリス国内外の研究施設に標本を送り,そこに診断をさせ,正しい結果をだせるかどうかをみるというプロジェクトである。イギリス国内はもちろん,ドイツやベルギーなどのヨーロッパ諸国から遠くは南アフリカやニュージーランドなど23カ国,600の施設が参加している。標本には臨床所見のヒントがついているが,送られてきてから3週間以内に確定診断,除外診断をしなければならない。標本は一年間にfaecal parasitologyが8回,blood parasitologyが8回,toxoplasma serologyが3回,toxoplasma IgM serologyが2回送られてくる。また,参加している研究施設はそれぞれの成績が送られ,ここで高い正答率をだすことができれば,その研究施設の診断技術はNEQASのお墨付きということで高い信頼を得ることができる。もし,正答率が低ければ,郵送やe-mailでアドバイスを受けることができる。イギリス国内であればNEQASのstaffがそこに出向いて直接技術指導することもある。このように,NEQASは各研究施設の教育を目的としたプロジェクトである。 そんなNEQASにテスト問題となる標本を提供しているのがこのHTDのparasitology laboratoryの一部門である。ここには大きな冷蔵庫があり世界中から集められてきた検体が保存されていた。ここの責任者であるDr.ケテルハットによると,彼女たちは世界中を検体を求めてcollection tripしているという。これはインドから持って来たのよといって保存していた糞便のサンプルを見せてくれた。最後にDr.ケテルハットは"日本におもしろい寄生虫はいる?いたら標本を取りに行こう"といったが,あまり思い浮かばなかったので困ってしまった。

・入院病棟

 前述のようにHTDの入院病棟はUCHの建物の一フロアにありHIV専門病棟とそのフロアを分け合っていた。全部で28床ありその大半が個室であり,結核患者用のnegative pressure roomになっている部屋もあり院内感染予防がなされていた。ここでの入院患者の症例には次のようなものがある。

ザンビアから来た女性。HIVと結核を合併。
バングラデッシュから来た高齢の男性。E型肝炎。
アジア出身の若い男性。結核疑い。
中東を訪問していた男性。自分でマラリアと思い来院したがatypical pneumoniaであった。
よく旅行をする男性。長期間腹痛が続いておりtropical diseaseかどうか精査中。 また,マラリアの入院患者に詳しく話をうかがうことができた。
中年の男性。仕事でナイジェリアに2年間滞在。この間抗マラリア薬を服用せず。ナイジェリアからいったんイギリスに引き上げその後休暇を利用してギリシャを訪問。ギリシャ滞在中に手足の痛み,頭痛,腹痛,悪寒が出現し現地の病院を受診。血液検査で血小板値の低下を指摘されたが,マラリア検査が陰性であったため原因不明とされ治療を受けられず。症状増悪したため弱い抗マラリア薬が投与されたが症状改善せず,増悪したため,ギリシャより飛行機でHTDに搬送。HTD来院時には浅いcoma,高度のparasitemiaの所見。ICUに入室し6日間キニーネ投与。効奏し順調に回復。近日退院予定。

 この症例のように国内外の他の病院から相談を受けることはよくあるという。もし患者が搬送できる状態であれば受け入れる。似たような例では,41%のparasitemiaで脳性マラリア,renal failure,respiratory distressなどほとんど全ての合併症を起こした患者が運ばれてきたことがあるという。このような事は,熱帯地方以外の医師はtropical diseasesをみる機会が少なく,知識,診断能力,治療技術が十分でないために起こる,"Success of treatment depends on experiencesとDr.グラントはいう。このような状況のなかで自分達tropical diseaseの専門家が一つのセンターとなり,他の病院からの相談を受け,難しい患者は受け入れ,豊かな経験に基づいて最善の治療をしようという姿勢がうかがえた。

まとめ

 LSHTMにおける熱帯医学の意義は,研究の成果だけではなく,それを通して人材を育成することにより,彼らが卒業し国に帰って,あるいは他の国にいって活躍すれば,熱帯医学の世界全体の水準をあげることができる。また,熱帯でない地域では,熱帯病の経験の豊な医師は少ない。病院や医師の数が足りていたとしても経験豊かな医師はほとんどいない。熱帯地方との違いの一つである。しかし,海外旅行が盛んな今日,熱帯地方に旅行した人が帰国後に熱帯病を発症する事は少なくない(特にイギリスは島国であるため海外旅行者が多い)。この状況の中で,専門家として海外旅行者には予防法を,他の病院には診断法や治療法をアドバイスし,重症例は搬送してもらい自ら治療にあたるというHTDの存在意義は非常に大きいと思われる。


(文責:外間 政朗)



2.イギリスの老人福祉施設

・Quantum Care

 Quantum Careはロンドン郊外Hertfordshire郡を中心に老人福祉サービスを提供している民間の非営利団体です。私たちはこの団体が持つ28のResidential Care Homeのうち,Vesta LodgeとFosse Houseという二つのHomeを見学してきました。Quantum Careはそれらの施設に暮らす人々に対するだけでなく,デイ・ケアやショート・ステイ,また食事の配達や入浴,洗濯のサービスなどを地域の老人に提供しています。

・Vesta LodgeとFosse House

 これらの施設を訪問してまず驚いたことは,居住者にかなりのプライバシーと自由が保証されているということです。部屋はすべて個室になっており,トイレや洗面もついています。門限はなく,居住者の外出や家族の面会は24時間可能です。アルコールや喫煙,ペットなども禁止されてはいません。部屋の配置が気に入らなければ,申し出て変えてもらうことができます。また食事に関しても,前もって言っておけば希望のメニューが用意してもらえます。 

 基本的に,Homeは介護施設であるというより,"家"として認識されているようです。しかしお年寄りが快適に過ごすために,多くのスタッフやボランティアが働いています。Vesta Lodgeには15のベッドルームで構成されるユニットが4つありますが,事務や料理や洗濯や,その他もろもろのスタッフのほかに,専属のスタッフが常に二人ずつ,それぞれのユニットに配属されています。ここは病院ではないため医療は行われていませんが,居住者が病気になったときにはG.P.(general practitioner)が呼ばれます。
 
・イギリスの老人福祉

 Vesta LodgeやFosse Houseでは,建物や庭も明るく作られており,個室のほかにいくつものサロンやサン・ルームが整えられ,家具も気持ちの良いものが備えてありました。日本の老人ホームのイメージに比べると,かなり意識が違うように思われました。それでもやはり,老人だけの空間というのは何か不自然なものを感じます(Fosse Houseでは居住者の平均年齢は85歳です)。


 実際,居住を希望して部屋が空くのを待っている人もいるようですが,老人が自宅で生活するのを補助するような,食事や入浴サービスのほうに需要が多いということです。可能な限りは家族と一緒に過ごせるようなシステムが,整備されてきています。被介護者だけでなく介護者の生活も保証するという考え方により,ショート・ステイなども利用しやすくなっているようです。

 もちろん理念と現実には開きがあって,イギリスの福祉にも問題点がないとは言えません。しかし,まだ介護保険制度が始まったばかりの日本から見れば,参考にすべきところもあるように思いました。


(文責:金田 章子)



3.ジョンスノウパブ

 イギリスの医師,ジョン・スノウ(1813〜58)は,疫学者の草分け的存在として知られる。1849年,スノウはコレラの原因を水とする仮説を発表した。1854年,彼は決定的な確証を得ることになる。その年の暑く乾燥した8月に,コレラはそれまでにないほど激しく,ロンドン,ソーホーにあるブロードストリートのスラムを襲ったのだ。最初の犠牲者は乳児,数日の間にブロードストリートだけで56人が死んだ。彼は最初の犠牲者の家近くにある井戸に注目した。その井戸の水は透明,発泡性で人気があり,売買されることさえあった。しかし,コレラによる死者を調べると,その付近に集中しているのが明らかにわかったのだった。この考えは,最初受け入れられなかった。だが,スノウの説得によりその井戸のポンプのハンドルが取り外されたあと,コレラの発生は激減したのだった。結局,この井戸を使わなかった人197人中コレラ患者は40人だったのに対し,この井戸の水を飲んだ人137人中80人がコレラにかかったのが明らかになった。

 現在,一大繁華街となっているソーホーには,今もそのポンプが残されている。そして近くには,ジョン・スノウを記念したパブがある。このパブは,ウイルス学名誉教授である森良一先生から紹介していただいたもので,スノウの写真や説明のパネルなどがありまるで資料館のような所だった。その上食事もおいしく,かなりの人気店だった。パブを訪れる人のどれだけが,そこが昔スラム街で,コレラが蔓延し,スノウが活躍したと,知っているのかは分からない。しかし「ジョンスノウパブ」には,人々の談笑が絶えることがない。それを天国のジョン・スノウは微笑みながら見ていることだろう。


(文責:樋口香苗)



4.National CJD Surveillance Unit

 Creutzfeldt-Jakob病(以下,CJD)は,プリオンと呼ばれるタンパク質の感染によって起こる病気で,患者は脳がスポンジ状になってミオクローヌスや痴呆を起こしながら数ヶ月から1,2年で死に到る。散発性のもの(sporadic CJD, sCJD),遺伝性のもの,最近イギリスで発生している新しい型のもの(variant CJD, vCJD)等がある。

 National CJD Surveillance Unitは1990年,BSE(牛海綿状脳症,いわゆる狂牛病)との関連が疑われたvCJDの特徴を明らかにする目的で設立された。現在,イギリスで発生したすべてのCJDを明らかにし,個々のケースについて様様な側面から調査,研究を行っている。主な目的はイギリスで発生するCJD(特にvCJD)の実態把握,その発生メカニズムやリスクファクターの解明,今後の発生動向の予想,感染のリスクや診断法の評価などである。EdinburghのWestern General Hospitalの一角にある施設を活動の中心とし,他の関連施設と協力しながらイギリス全土で活動を行っている。

・National CJD Surveillance Unitの訪問

 私たちは8月21日,上記のEdinburghの研究施設を訪ねた。研究所の方々は私たちを快く迎えて下さり,7つの分野について担当者から研究内容,活動内容,設備等の説明を受けることができた。以下,分野ごとに報告をまとめる。

@ Epidemiology

 ここはCJDについての疫学調査を実施しているセクションで,CJD患者一人一人に聞き取り調査(詳しくはC)を行い,そこで得られた情報をまとめていた。この情報を基にし最終的には地域レベルでのvCJDのコントロールを目指しているとのことであった。主として調査に使うプロトコールやCJDに関する統計データの説明をうかがった。統計データの内,スコットランドを中心とする北部地域の方がイングランドを中心とする南部地域より2倍,vCJDの発生率が高いという調査結果が印象深かった。 

A CSF Studies

 ここではCJD患者のCSF(脳脊髄液)中のタンパク質から電気泳動とWestern blottingの手法を使ってProtein 14-33を検出することで,CJD診断の一翼を担っていた。Protein 14-33は正常の脳の神経細胞内に存在するタンパク質で急速に大量の神経細胞が破壊されるときにCSF中に出てくる。SCJDで特によく検出される。(92−95%)他の痴呆性疾患(アルツハイマー病など)では検出されず,経過の長いsCJDやvCJDでは検出されないことも多い。そのためvCJDの診断に決定的な根拠を与えるものではないとのことだった。

B Neuropahtology

 CJDの病理学的診断,研究を担当している分野で,九大にも来られたことがあるというIronside教授がCJDの診断法,プリオンタンパクの構造,CJD患者の脳の組織像などについて丁寧に説明してくださった。CJDの診断は臨床症状,前述のCSF検査,EEG(脳波),脳のMRI画像を使って行われる。確定診断は生検もしくは死後の病理解剖で取り出した脳組織を直接検査することで行う。CJDの脳組織を顕微鏡を通して直に目にすることもできた。その他,sCJDとvCJDの違い,特徴的な脳波,BSEのプリオンが口から入って脳に行くまでの経路など興味深いお話をいろいろ伺った。

C Clinical Studies

 臨床医であるLowman女史からCJD患者についての聞き取り調査の説明を受けた。彼女は看護婦とともに主にvCJD患者を訪ね,その家族,親戚から患者本人についての様様な情報を得る。質問は出身地,職歴,既往歴,具体的症状とその経過など多岐にわたり患者に共通する要素を探る。大体1件あたり1〜2時間かけて聞き取りは行われる。今のところイングランドのごく狭い地域で集団発生があったという以外,この調査を通してあまり目立ったことは明らかになっていないとのことであった。彼女は同時に患者家族にCJDを説明することもやっており,その際に使う「CJD support network」という慈善団体の作成したパンフレットを見せてくださった。なおイギリスには他にもいくつかのCJD関連の支援団体がある。患者家族にCJDについて理解してもらったり,患者の死後,後々の研究に使用する目的で一部組織の保存を依頼したりするのに大変苦労されているということであった。 

D Protein Studies

 この分野ではプリオンタンパクそのものの分類・分析を主にWestern blottingの手法を用いて行っていた。担当のHead氏が標本試料の保存室や具体的な分析手法,装置の説明を交えながら研究成果を紹介してくださった。プリオンタンパクの検出による他の痴呆性疾患との鑑別,vCJDとsCJDでのプリオンタンパクの違い,プリオンタンパク129番目のアミノ酸の違いによるvCJD発症率の差など興味深いデータが多く,特にvCJDの由来に迫る実験データが強く印象に残った。Head氏は病理学的なものに加えてタンパク分析による新しいCJDの診断基準を作ることも目標にしていた。 

E Genetic Studies

 プリオンタンパクの遺伝子レベルでの解析を行っている分野であった。手法的にはPCR,sequencerやコンピューターソフトを使った塩基配列の決定,制限酵素を使ったアミノ酸配列の違いの確認などが中心で特に日本で行われている研究手法と大差はないように思われた。将来的にはプリオンタンパク遺伝子を制御している遺伝子を明らかにするなど解析をさらに推し進め,これらの成果を診断に応用したり,病状の変化や感染の危険性を遺伝子検査によって捕らえられるようにしたいとのことだった。 

F Image Analysis

 この分野ではCJD患者の脳のMRI画像や脳組織の顕微鏡像をデジタル画像として一旦,パソコンに取り込み,パソコン上でそれらの画像を解析することで,診断,CJDの種類や病気の進行具合の把握,研究に役立てようという試みが行われていた。例として脳標本の顕微鏡像を使ったアストログリアの数を数える方法や亡くなったCJD患者の生前の脳MRI画像と死後の病理解剖の際に撮った画像を比較して病気の進行過程を調べる方法等を紹介して下さった。

・National CJD Surveillance Unitを訪問して

 今回訪れた施設はNational CJD Surveillance Unitの中心研究施設であった。病院の一角にあり,スタッフには臨床医の方もいらっしゃったが,実際に患者の治療を行っているわけではなく,主に生化学的手法や疫学的な手法を用いた研究が行われていたので純然たる研究施設とみていいだろう。

 1990年,英国政府がこの組織を設立したときには狂牛病やCJDに対する相当な恐怖感や危機感があったものと思われる。このころからいくつかの対策がとられてきたのにもかかわらずvCJDの発生件数は増加し続けている。(但し,狂牛病の牛の数は減少)したがって,英国政府と同様,研究施設のスタッフにもかなりの危機感を抱いている人がいるのではないかと予想された。しかし,表面上はとくにCJDに関して英国が危機的状況にあると訴える人はいなかった。興味ある点なのでこの点に関してもっとつっこんだ質問をしてみたかったと思う。

 研究施設のスタッフの方々はかなり多忙な中,大変丁寧に応接してくださった。その懐の広さ(?)には感銘を受けた。 設備に関しては先ほど触れた通り日本と大差は内容に思われたが,同時に新しい型の機会や設備が多く,潤沢な研究資金の存在が予想された。おそらく英国政府はかなりの予算をこの研究施設につぎ込んでいるのではないかと思われる。財政的な面に関する説明を受けたり,質問をしたりすることがなかったのが悔やまれる。

 最後に研究内容について自分が考えたことをまとめたい。CJDは,いろいろと謎の多い病気である。今回の訪問を通して今までわかっていなかったことのいくつかについては生化学的解析によりかなり解明が進みつつあるという印象を受けた。また,疫学的研究の分野では患者一人一人についてかなり突っ込んだ調査を実施していることがわかり,研究者とそれを支える英国政府の意気込み,またこの種の調査を可能にする国民意識が感じられた。ただ今のところ特に目立った成果があげられているわけではないようだ。この理由は一つには患者の数がそう多くないためではないかと思った。 


(文責:燗 秀一郎)

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