九大熱研HOME活動報告書2001年度エジプト班

エジプト班

研修目的

 エジプトで行われるサマースクールに参加し、エジプトにおける医学教育の実態を観察する。また、各国からの参加者やエジプトの人々との交流を通し て、それぞれの国の文化を肌で感じ、それらの異文化体験を今後の糧にする。

研修期間

 2001年8月1日から8月21まで

団員構成

 古賀恒久(九州大学医学部4年)

研修地

 アレクサンドリア大学病院

エジプトについて

時差 マイナス6時間
人口 約6000万人
首都 カイロ
言語 国語はアラビア語。外国語としては、広く英語が使われる。
宗教 91%がイスラム教 7%がコプト教(キリスト教の一種)

アジアとアフリカの二つの大陸を結び、地中海と紅海にはさまれたこの国は、地理的にも歴史的にもさまざまな要素を備えている。

概要

 summer school in Alexandriaは、IFMSA(下に説明)がアレクサンドリア大学病院との協力により1993年から毎年行っているもので、本年度は、 Tropical medicine 、Pediatrics、Internal medicine、Surgery等があった。期間中、これらのプログラムは別々に行われるので、参加者はどれか一つを選択することになる。内容は、レク チャ−、臨床トレーニング、外来付き添いとなっている。以上がscientific programで、それとは別に social programがある。social programとは、現地のcoordinatorが企画してくれる、市内やその他の都市への小旅行のことである。

IFMSA(International Federation of Medical Students'Associations)について

 国際医学生連盟。現在ヨーロッパを中心に70ヶ国の医学生組織が加盟している。九州大学には、加盟者がいなかったため今回は個人加盟という形で 参加させてもらうことになった。IFMSAの主な目的は、人類の福祉増進のため医学生にできる国際的な協力をしようというもので、WHOの"Health for all"という概念のもと、医学研修、発展途上国への援助、 AIDS、医学教育、医療問題についての討議など幅広い活動を行っている。熱帯医学研究会の活動にも相通じるところがあると思われる。今後、熱研が世界規 模で活動していくためにも、この団体から吸収できる点は多いだろう。多くの若者にこのような活動に興味を持って欲しいものである。熱帯医学研究会だからと いってあまり名前にとらわれず幅広い活動をした方がよいのではないか。



活動内容


病院実習について

 病院実習は、主に午前中にある。予定では、9時から12時頃までだったが、時間を守られたことは一度もなかった。(理由は後ほど)病院では、講 義を受けたり、外来の患者さんを見せてもらったり、治療を見せてもらったりした。私が接した医師達は、流暢というほどではないが、かなり自由に英語を話せ るようだった。(もちろん発音には、エジプト人特有の訛りがある。Rを思いっきり強く言う。Pを表わすアルファベットがないから、PをBと言う、など。)

 看護婦さんは、あまり話せる人がいないようだった。患者に対しては、少し高圧的なところも見受けられた。この国では、医者がまだ威張っているのかも知れ ない。

 彼らは、エジプトでは珍しい知識人であり(識字率40%)大変な競争を勝ち抜いてきたからかもしれない。というのも、エジプトの医学校には、一 学年1300人ほど(看護婦はたったの60人)が在籍しているため、現在は医師過剰で、卒業するときの席次が100番以内でないと働き口を見つけるのが大 変なのだそうだ。日本でもそうであるが、エジプトでも状況は同じように厳しい。町中に、医師免許を持っている乏食?があふれている。卒業後、やむなくほか の仕事に就く人も少なくない。

 しかし、われわれに対する態度は、友好的で気持ちのよい人が多かったと思う。われわれの国や文化についても様々な質問を受け、こちらも医学的なこと以外 にもたくさん質問ができ、快く答えてくれた。和気あいあいとした雰囲気で楽しかった。

 そして、われわれの教育にも興味を持っているようで、疾患について何か質問すると懇切丁寧な回答が得られたし、かなり丁寧にそれぞれの症状について説明 してくれた。

 事前の勉強が足りなかったため、ノートをとるので精一杯で、結構ハードだった。しかし、他国の学生達は、理解しているようで大変悔しい思いをし た。聞くと、彼らの多くは(母国語じゃなくても)、英語のテクストででも学んでいるとのことだ。日本と比べて、英語により比重がかかっているように感じら れる。これからは、やはり日本が世界から置いてきぼりを食らわない為にも国際語としての英語が必要だとあらためて実感させられた。

設備について(衛生状態、器具など)

 衛生状態はとてもひどいものだった。病院内には、やぎの放し飼いにしてある庭から入れるため、だいたい泥や糞で薄汚れていた。また、消毒も適当 にしていたようだった。患者も汚かった。器具は、よくはわからないが、一度使うときちんと消毒液につけたり、捨てたりしていたので、その点は評価できる。 オペ室に入った友人によると、室内はなかなかきれいだった、と言っている。治療の器具は、大学病院とは思えないほど貧相だった。

病院の外の衛生状態

 これを書くと今でも気分が悪くなるのだが、街の汚さは悲惨だ(日本人にとって)。カイロでもアレクサンドリアでもエジプトの大都市であるはずだ が、路上には、馬やロバが普通に歩いていて、当然彼らの排泄物も散らばっている。また、大衆食堂では料理は手づかみで出される。その手を見ると大抵泥だら けなのだ。路上で販売される食料品にはハエやゴキブリがたかっている。これで病気にならないほうがおかしいってくらいの汚れようだ。もちろん、高級ホテル などは清潔だが、大多数の庶民の生活には、問題があるように感じた。私もと到着後一週間は、ひどい下痢に悩まされた。

アラブ対西洋、日本

 病院実習についてですが、内容的には悪くはなかった(満足の行くものだった)のだが、一つ大きな問題があった。それは、エジプト人(アラブ人) の性質に帰する問題である。彼らは、日本人から見ると異常に時間にルーズなのだ。そして、恐らく計画性に欠けるところがあるように見受けられる。

 具体的にいえば、その日のスケジュールは直前にならないと分からないのだ。いくらこちらが聞いても、明日のことは明日にならないとわからない、 というのがこの国のやり方のようである。5000年の歴史を持つ彼らにとって、時間の流れはナイルのように雄大で、アラーの神のもとでは一人一人の人間の 運命はすでにプログラムされており、人があくせくするのは(多少慌てて何かを策する事は)無意味なようだ。この考え方は慣れないと必ず衝突の原因になる。 病院に着いてから何があるかわかるといった感じだから、予習がしたくても出来ない。したくなくても出来ない。という状況である。

 またかれらは、集合時間、出発時間をまもらない。というか、必ず遅れるのだ。エジプシャンタイムと言うのだそうだが、5分待ってといわれたら、 50分は待たねばなりません。一時間待ってくれと言われたら、一生待たなくてはなりません。だから、午前中のscientific programといっても、彼らの遅刻の為に実質2、3時間程のものだった。まじめに勉強しに来た人にとっては、物足りないものにならざるを得ません。 (まあ、私は、観光がメインだったからよかったのだが)

 私は、ここで彼らを責めているのではない。彼らは、たいへんいい人であったし、我々によくしてくれたのだ。ただ、世界には、我々の文化とはひど く異なった別種の文化があるという事を言いたい。それらを理解して、互いの文化を認め合ってうまくやっていくことも大事じゃないかと思うのだ。

 アラブのカルチャーのほとんどあらゆる面で、宗教は基本的な原動力となり、生活のあらゆる行為と時点に宗教が発言権をもっている。イスラムは、 ひとたび啓示されたあと、それ自体が一つの完全な文明となったのである。だから、彼らには、正式に遵守されない宗教と言うものは、とうてい考えられず、道 徳は常に宗教の衣をまとって現われるのである。国民の大多数が、実質上無宗教と言う日本とは、なにもかの違うのだ。

 我々なら、ある民族の進歩にとって、信仰が足をひっぱている要素となっているのなら、そこだけ取り除いたらどうだろう、と考えてしまうが、この発想くら い日本人的なものはないと思う。

 ここで、アラブ人と付き合う時に必要なIBMを紹介する。これは、アラブの哲学と知恵が結晶した見事な表現だと思う。

 インシャ・アッラー アッラーの神の御意のままに すべては神の思し召し
 ブクラ        明日、当てにならないこと
 マレーシ      気にするな、しょうがないじゃないか、怒る理由はないよ

 これらの言葉は、本当によく使われている。それも、こちらがとてもうなづけない状況において特に使われる。

 アラブ人と時間について語り合っていると、虚空を手でつかむような頼りない思いになってしまう。アラブには、いかなる場合にも、原因と結果の はっきりした悪意などはないように見える。というのも、アラブ社会の多くのエネルギーのモチーフになっているのは、宗教的な情熱をもふくめた感情だから、 理論を通そうとしても無理なことがおおいのだろう。私も、滞在中の前半は、イライラして文句を言ってましたが、途中からは諦観してその状況を楽しむように なった。

 大体、彼らは祈ることは大切だが、働くことは大切じゃない、ってはっきり言うのだ。アラブ人というのは、自分のしたいことと、自分の祖先がして きたことだけは、はっきり分かっている。それを押し通すだけなのである。他人の立場なんかありません。理由があれば納得する、と考えるのは、日本人のおお あまの証拠であり、理由がなくても欲望があれば、それが立派に彼らの正義となるのである。

 日本人は周囲の状態に対してさまざまに文句をつけるが、究極的には、他人を信じ、努力を信じる楽観型なのに対して、アラブの人は、最後まで、他人を信じ ず、愛も人為的なものも信じない絶望的な立場に立っているようである。 恐らくこれは、アラブ諸国が植民地的な取り扱いを受けている間に覚えた、保身の術なのだろう。あるいはそのような社会状況の上に、気候的・生理的条件が加 わったものだったかもしれない。

 かつて彼らは、近寄るものは敵だと思え、自分を助けに来たのではない、ということを思い続けなければならなかった歴史を持っている。また、砂漠の厳しい 気候での生活は、それ自体、死と隣り合わせで、日本のように自然と共存などは思いもよらないのだ。

 つまり、ここでは、人間関係の蓄積ということは一切きかない。信用なんてものもないのだ。これは、砂漠の民は思いやりがないといわれる所以であ る。これは、われわれに薄情だなーという印象を与える。しかし私は、こう思う。譲り合うのがいい、と日本人が考えることは自由である。しかしこの地球上の 恐らく大多数の人間は、譲り合うことにいささかの意義も認めていない、ということもはっきりと確認すべきであると思う。キリスト教だってそうだろう。力を 重視した旧約の思想を百八十度転じて愛と寛容を説いたが、それすらも愛と寛容が、功利と結び付けられてルネッサンス以降ヨーロッパの思想の本流になったの だ。 だから、われわれも、例えば今アフガニスタンで行われている戦争でアメリカが日本の立場を慮ってよくしてくれるだろう、などと他力本願の考えを持たず、き ちんと考えてわが国の立場を主張することが大切だと思う。

Social programについて

 午後は、昼飯の後にソーシャルプログラムで現地のcoordinatorがアレクサンドリアの観光に連れて行ってくれる。いくつかの遺跡を回っ た後は、ほぼ毎日うんざりするほどビーチに行った。詳しく述べたいのですが、旅行記になってしまいそうなので控えることにする。涙を惜しんで訪れた場所だ けを列挙するだけにとどめる。

Pompey's Pillar(ポンペイの柱)
 今は一本しかないが、当時は400本あったらしい。27メートルで大きい。
Maqaabir Komm ish-Shuqqaafa(コームッシュアーファのカタコンベ)
 共同墓地。ローマ人が作ったらしい。
Qal'it Qaytbay(カーイトゥベイの要塞)
Maktabit il-iskandareeya(アレクサンドリア図書館)
 現在建設中のため外から見ただけだが、近代的。言わずと知れた伝説的な図書館。
Qasr il-muntazah(モンタザ宮殿)
 周囲は緑でいっぱい。
il-Mathaf il-Yunaani w-ir-Rumaani(グレコローマン博物館)
il-Masrah ir-Rumaani(ローマ円形劇場)
 ここの中心で声を出すと音響効果で声が大きく聞こえる。

 これらは、歴史的にはかなり有名な遺跡、建造物である。世界史を、履修してなかったのが残念である。しかし、実際に自分の目で見ると、写真ではわからな い迫力があり圧倒された。

 他国の医学生について

 はじめてこのようなサマースクールに参加して驚いたのは、実に多くの国の人びとが集まっているなーと言うことである。今回は計13カ国もの国 (エジプト、イタリア、ドイツ、ギリシヤ、ルーマニア、ヨルダン、スペイン、ポルトガル、台湾、カナダ、ハンガリー、アルバニア、チェコ)が参加してい た。

 それまでは、全く知らなかった彼らも同じ医学生で、国は違うが同じ医学を学んでいると思うと、なにか感慨深いものがあった。彼らと話すことで、 他の国で医者を目指す人たちがどのような姿勢で、どのような事を考えて医学を勉強しているかを、知ることができ、大変ためになった。また、彼らとともに行 動する事で様々な異文化体験が出来たのも大変よかった。彼らに一番感心させられたのは、彼らのエネルギーだ。彼らは、目標があり、理想があり、自信があ り、やる気があり、熱意がある。労力を惜しみません。我々、熱研部員も彼らに負けない熱意を持つべきだと思う。うん、今のわれわれには何かに向かってひた すらに突っ走る情熱のようなものが足りないのではないか。世界にも、我々と同様(以上)に、頑張って勉強している仲間達がいる事を知っただけでも、今回の 研修はいい刺激となった。彼らとは、まだメールなどで楽しく交流している。



総括

 さて、今回の研修に参加しようと思った動機は、医学知識を得るというよりも、人との接触を求めたものだった。その意味でもアラブの民について興 味が持つようになったし、本当にすさまじい異文化体験が出来た、ということはよかったと思う。また、他国に医学生の友達ができた事もよかった。考え方の違 い、それも根本的な違いが日本人と西洋人、アラブ人にあることを認識することはとても重要だと思う。特に、宗教が生活の中に深く浸透していると言う点で は、日本の状況は逆に異常だということは知っているべきである。戦争が今後どう展開していくか分かりませんが、我々も危機感を持って他人事と考えずに真剣 に考えねばならん。

 ほかに私の考えで変化したことといえば、すでに述べたが英語に対する意識である。講義でも、日本の大学で受ける講義と違って、まず寝てしまうな んてことはありません。講義は英語で、周りにいるのは日本語の通じない仲間たちである。新鮮味と緊張感は比べようもない。授業中はじめは、なかなか発言で きないのだが、次第に場に慣れてくる。そうなると、しゃべることはできるようになる。ここでぶつかる壁は、自分自身の意見をしっかりともっているか、それ を英語で議論できるかということである。私は、ここで躓いてしまった。言いたいことはたくさんあるのに、きちんと表現できない。これは相当歯がゆい、情け ない経験だった。どんなにすばらしい意見をもっていてもそれを表現できなければ、ないも同然なのだ。だから私はなんとしても英語を学び、自分を英語で表現 するという何とも言えない感覚を味わおうと決意させられた。

 学ぶ事は、人間に課せられた運命的な課題である。人が進歩するためには生まれてから死ぬまで、学ぶ事を怠ってはならないと思う。(特に医者は) 同時にこれは人間の社会にも、国家にも相通じる原理である。この地球上には多くの民族、多くの国家がそれ自信の歴史、伝統、文化を持ち、ちょうどこの頃の 秋の清らかな夜空を飾る星ように、我々の地球を飾っている。それぞれの星座にそれぞれの光輝があるように、各々の民族、各々の国家に他の追従を許さない特 徴と優秀さがある。そうして国家的に民族的にわれわれが絶えず進歩と発達を続けようとするならば、謙虚に慎ましく、他の国家民族から常に学ばなければならない。


九大熱研HOME活動報告書2001年度エジプト班
Last modified on 2003/09/09
九州大学医学部熱帯医学研究会
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